決定論とは
決定論とは、おおざっぱに定義するならば、現在と未来のあらゆる事象は、自然法則と結び付いた過去の事象によって因果的必然性があるという見方である。注意したいのは、決定論もその反対の非決定論も、自由意志の議論における態度決定ではないということである。すなわち、決定論=自由意志の否定、非決定論=自由意志の肯定という捉え方だけには必ずしもならない。
自由意志の存在と決定論が両立可能であるとする立場は、両立主義とよばれる。一方、決定論は知覚される経験を越えた自由意志の概念とは相容れないとするのが非両立主義である。[2]。固い決定論(懐疑主義)は、非両立主義のもと、決定論が真であることを受け入れ、それゆえ、人間が何らかの自由意志を有していることを拒絶する[3]。形而上学的自由肯定主義(形而上学的リバタリアン主義)と固い決定論(懐疑主義)は、両立主義を拒絶するという点でのみ共通している。非両立主義をとる形而上学的自由肯定主義者(形而上学的リバタリアン主義者)は、ある程度の非決定性を考えることで自由意志の存在を肯定する。形而上学的自由肯定主義者(形而上学的リバタリアン主義者)の一部は物理的な決定論を拒絶し、自由と共存する物理的非決定性を主張する。意識のある生き物の特別な場合を議論するために、心と身体の二元論を強調するものもいる。
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決定論は、様々な意味を持つ幅広い用語である。それぞれの異なる意味に対応して、自由意志に関する異なる問題が生じる。因果的ないし単調的決定論とは、未来の事象は自然法則を伴う過去および現在の事象によって必然化されているという主張である。